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1989年〜1994年


1989年
3月  慶応病院放射線科・茅ヶ崎徳州会病院外科で乳房温存療法により乳がん治療を受けた患者有志の呼びかけにより設立準備が始まり、同時に、東京信濃町の準備委員個人事務所において「おしゃべり会」などサロン活動も始まる。定まった収入は無く、寄付や無料奉仕に頼る心細いスタートであったが、乳がんの告知がまれであった当時、既にインフォームド・コンセントの推進を視野に入れていたことはイデアフォーの誇りである。

11月11日  東京霞ヶ関・東海クラブでの第1回総会を以って正式に発足。約70名の申し込みがあり、うち60名が総会に参加。この時インフォームド・コンセントの推進と温存療法など医療情報の収集と提供という会の目的と、それを象徴する名称「イデアフォー」が決まる。 講演:茅ヶ崎徳州会病院外科 雨宮厚氏  慶応病院放射線科  近藤誠氏(イデアフォー講演録P10-32参照)。


1990年
9月29日  第2回総会(東京・霞ヶ関・東海クラブ)が開かれ、45名が参加。会員の浅沼慶江子氏と猪狩和子氏 が乳がん体験を講演。

10月 第1回乳がん患者アンケートを実施(翌91年3月に結果報告)。


1991年
10月26日  第3回総会開催(東京・麹町・弘済会館)。 会員約150名のうち94名が参加し、2000円の年会費が決まる。講演:慶応病院放射線科 近藤誠氏       平松秀子氏。


1992年
4月15日 『イデアフォー通信』(年4回発行)創刊号発行。ようやくイデアフォー専用の電話が入り、ファックスや留守電対応によるものではあったが電話相談が正式に始まった。

5月  第1回乳がん治療病院アンケートが実施された。

10月31日  第4回総会(東京・品川・きゅりあん)95名が参加(会員 約180名)。講演:近藤誠氏。

1993年
1月5日 『乳がん・乳房温存療法の体験』が時事通信社から出版され、前年のアンケート結果も収録。その反響と乳房温存療法への関心の高まりにより、マスコミの取材が続く。 3月20日 出版記念パーティーが開かれ、61名が参加(青山テアトロスンガリー)。                 

6月  会員からの呼びかけにより近藤誠氏と患者の「再発と転移勉強会」が始まり、これが三省堂からの『患者と語るガンの再発と転移』出版に繋がる。

7月  当時放映中のフジテレビドラマ「素晴らしきかな人生」の乳がん治療法と患者についての過度な表現や演出に抗議。多くのマスコミにより報道される。

8月  NHK「暮らしのジャーナル」が温存療法を取り上げ、会員2名が出演。

10月30日  第5回総会(東京・品川・きゅりあん) 参加者 96名( 会員 約 230名)。  講演:慶応病院放射線科 近藤誠氏  作家 向井承子氏(イデアフォー講演録P33-46参照)。


1994年
1月16日  イデアフォー事務所が信濃町から原宿に移る。この年も温存療法についてマスコミの取材が続く。活動資金の調達のためあらゆる助成金に応募、「主婦の友ボランティア助成金」を獲得。

2月26日  ミニ講演会(飯田橋女性情報センター)会員の森下やよい氏がアメリカでの乳房温存療法体験を報告。参加者 22名。

3月5日第1回イデアフォーセミナー(東京虎ノ門・国立教育会館)。講演:近藤誠氏  「抗がん剤は効くか」(イデアフォー講演録P47-63参照)、新聞に報道されたこともあり参加者は320名を数えた。

3月26日  イデアフォー井戸端会議(目白こども文化研究所)フリートーク:民間療法 31名参加。

4月 第2回乳がんに関する病院&患者アンケート実施。

5月  医療図書館公開の運動を始める。現在、会員個人のホームページ(イデアフォーホームページからリンク可能)で公開中の図書館名を知らせている。

10月29日  第6回総会(東京・虎ノ門・国立教育会館)112名参加(会員数 約330名)「イデアフォー会則」が決まる。 講演:愛知県がんセンター内科   福島雅典氏 (イデアフォー講演録P64-103参照)   Q&A:慶応病院放射線科  近藤誠氏。     

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